つくり手を訪ねて~木の葉猿窯元~

久しぶりの更新です。。。

 今回は、熊本県玉名郡玉東町にある「木の葉猿窯元」のお話。

 

☝国道208号線を走っていると見える煙突

 

 

熊本出身の私。「木の葉猿(このはざる)」の存在は昔から知っていましたし、窯元の場所も知っていました。

なぜなら、その昔、熊本でJRAの馬券を買うには、今は無き、荒尾競馬場でしか買えず、GⅠシーズンには、「木の葉窯元」の前を走る、国道208号線を通って荒尾まで行っていたことを思い出します。。。

 

 

 

話が脱線しましたが(汗)、木の葉猿の由来について、冊子によると…

 

 いまを去ること1300余年前、養老七年(723年)元旦、「虎の歯(このは)」の里に住んでいた四人の都の落人は、夢枕に立った翁のお告げにより、奈良の春日大明神をまつりました。

 そして神社に奉納する祭器を「木葉山」の赤土を用いて作り、その残った土を捨てたところ、それが猿に化け、いづことなく飛び去りました。四人は奇怪なこともあるものと思っていると、身の丈1丈あまり、鼻高く顔赤い巨人が現れ、「木の葉の土でましろ(猿)を作れば幸いあらん。」と言って姿を消してしまいました。

 四人は、これは神のお告げと思い、その後は赤土にて祭器とともに猿を作り神にそなえましたところ、天変地異の災害にも、この四家は無事平安に過ごすことができました。

 その後もこの猿は悪病・災難除け、子孫繁栄の守り神として広く愛玩されるようになったと伝えられています。

(木の葉猿窯元 冊子「木の葉猿の由来」より)

 

この日訪れると、7代目の永田禮三氏が木の葉猿に関するさまざまな資料とお話を聞かせていただきました。

 

☝全国土俗玩具番付

なかでも興味深かったのは、江戸時代の小説「南総里見八犬伝」の挿絵に木の葉猿の「馬乗猿」が描かれていたという話や、また、大正時代に発行された全国土俗玩具番付では東の横綱に位置づけられるほど、全国的にも認知度の高い郷土玩具だったようです。

 

☝東の横綱に「肥後 木葉猿」

 

 ☝店内に並ぶいろいろな木の葉猿

 

 

☝左から、見ざる言わざる聞かざるの「三匹猿」・「飯喰猿」・「南総里見八犬伝」に描かれていた「馬乗猿」・「子抱猿」・「団子猿」

 

かつては4軒あったという窯元も、今では1軒のみ。ご家族で、木の葉猿のひとつひとつを、型を使わず指先だけで粘土をひねる「手びねり」でつくりあげていらっしゃいます。

 1周回って、逆に斬新なデザイン。でも、手づくりされた温かみのある木の葉猿。ご家庭の玄関や飾り棚、職場のデスクの上など、日々の暮らしの中にあると癒されるアイテムになりそうです。

 

 

~今回訪れたつくり手~

木の葉猿窯元

熊本県玉名郡玉東町木葉60

TEL:0968-85-2052

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